近代のダンボール

その後ダンボールの歴史をみてみると隣国の歴史にもかかわりがあります、朝鮮戦争(1950〜1953年)の勃発は、わが国の産業界に段ボール包装の重要性を認識させるきっかけとなりました。米国では当時すでに輸送包装の80%を段ボール箱が占めており、本国から送られてくる多量の戦争物資は、段ボール箱で包装されているものが非常に多く、一方で日本ではまだ木箱の全盛時代であり、段ボールはわずか7%にすぎませんでした。この輸送包装の実態を目の当たりにしたことによって、包装産業における段ボールの地位が飛躍的に向上することになりました。その後も日本の国内の経済成長は目覚しく、当時の新幹線開通と東京オリンピック開催(1964年)、いざなぎ景気(1965〜1970年)と命名された高度経済成長により 日本中がにぎわうなかで、段ボール需要は急激な発展を見せました。時代背景と産業の拡大は共に進んだといえるでしょう。消費生活の向上にともなって、特にテレビや冷蔵庫など家庭電化製品の普及が伸びをリードし、段ボール生産量は1961年から1973年の13年間、1970年(9.4%)を除いて毎年2桁成長を続けました。1970年代の段ボール産業は、段ボールの製造機械においても国産の技術開発が急速に進み、欧米諸国と比肩しうるまでに成長しました。1970年の段ボール生産量は約48.2億m²、国民一人当たり46.1m²でした。