日本におけるダンボール

ダンボールの発展の経緯については その後日本においての段ボールの需要は、第1次世界大戦(1914年〜1918年)による産業の活況や、関東大震災(1923年)後の復興などにより一気に増え、「紙箱が木箱より強い」といわれ着実に評価が高まるとともに、木材、釘、帯鉄などの不足もあり木箱から段ボールへの転換が進みました。それはつくりやすさ、運びやすさなどがあります。1915年頃の段ボールは、繰りっ放しと片面段ボールが多かったのですが、両面段ボールも生産され始め、電球、化粧品、医薬品、少し遅れてキャラメルなどの菓子類にも使われ始めました。1925年には段ボール使用の稚蚕飼育箱とひな輸送箱が発売され、1931年にはカニ缶詰包装に、1933年頃には陶磁器などの輸出用外装箱に段ボールが使用され始めました。
1940年には、板紙消費量は年間3.6万トンに達しましたが、第2次世界大戦(1939年〜1945年)の空襲により、段ボール産業は、その生産設備のほとんどを喪失するところとなりました。ゼロからの再出発という試練にあった段ボール産業は、日本経済の復興とともに不死鳥のようによみがえり、戦後の再建に努める産業界において、包装・輸送の面で大きく貢献することになりました。これらの段ボール産業が急速な発展を見せた最大要因として、木材資源保護に対する官民あげての取組みがありました。